ぽんのあれやこれや
自由気ままな書き綴り・・・備忘録メモひとりごと
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この話題、前のブログから1年以上・・・
なかなか筆が進まないだけで、実はずっと続いています。
自分に何ができるのか。
自分は何をしているのがいいのか。
自分こそどうなのか。
自分はどうあるべきなのか。
考えます。
日々過ごします。
良くないことがあります。
落ち込みます。
 

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兄は新たに務めていた会社を辞めました。
2015年の3月末だったか・・・
たぶん約1年の勤務でした。
自分の周りに見せる実力に納得がいかないというところでしょうか。。。
「屑」な自分は許せないという感じでしょうか。。。
例えを出して簡単にしてしまうと「英語でも話せないと人としてだめ」と言っているような感じで、ネームバリューが欲しいみたいです。
自分を飾りたてることばかり考えていて、本来の自分を見失っているように感じます。
実家には戻らない方が自分の精神のためになると考えているようで、お金を自分で工面して一人暮らししています。
「屑」でもなんでもないのに、「屑」だと思い、自分を「屑」にしてしまっているのは、兄本人ではないかと思っています。
そのように思わざるえなかった過去や環境を手放すことは簡単ではありませんが、気づきの一歩はどこからやってくるのでしょうか。

さて私は、順調に無職生活を更新中です。
ヨガにはまってヨガにお金をかけているのですが、まだまだヨガとデート中という感じです。
しかし少しずつ歩んでいっていると思います。
最近はヨガで生計を立ててもいいのかどうかで悩んでいます。
自分に自信がないので、どんだけやったとしてもこのように悩むのだと思います。

さて母について。
つい最近4/18から恐怖の意思疎通できない期間を急にぶり返しました。
意志疎通できない期間は2012年4月から約5カ月続いた、私にとって苦く辛い期間です。(過去ブログへリンク
過去に引きずられてはならないのですが、このブログを書いている今はまだ5日目だというのに、「あの期間がまた」と思うとしんどくてなりません。
今回も、意思疎通ができなくなるにあたって一体何があったのか私には分かりませんでした。
晴れの日に一緒に散歩へ行き、そのまま軽く買い物へ。
その買い物も最後、さてこれを買ったら帰ろうという時に話さなくなりました。

前回の教訓と言ってしまってはなんですが、私にとって長く続いて徳がないことなので早急に原因を何度も尋ねてみたのですが・・・
私の心が折れるばかりです。

ところで、母と一緒に暮らしていて、私にも話したくなくなり1日くらい距離を置くことがあります。
母は全く気が付いていないようですが、母から人の悪い所ばかりの話を聞かされた後はとても疲れます。
母は私が疲れたことにも、自分がマイナスイメージの言葉ばかりを言っていることにも気が付いていないようなので、母の言葉を遮るような私の発言は母の反感を買い、さらに面倒な状況になってしまうので、その時はただただ聞き流しているのですが、途中でとても辛くなるのです。
そして、もういいよ、と距離をしばらくあけることになるのですが、母には気に入りません。
「あんた何様だ!」というような反応です。
なかなか、なかなか、私がすべき正しい行動ができていないのか、うまくいきません。
距離をとることは必要だと感じています。
短いときは半日ほど、長くても1日、寝て起きた明朝まで引きずるようなことがないようにしています。

しかし、それを指して「あんたもやるやん。」と言われました。
これは母本人も分かっているとは思うのですが、「恐怖の意思疎通できない期間」とは質の違うものです。
正直に「私にもあるよ、長くて1日だよ」との返答には無言。そしてそれから何を聞いても無言。

母のこの行為の根底には「家族とは思えない行動を私がした」というのがあると思います。
母は自分の家族像を兄にも私にも(もちろん昔いた父にも)期待し、そして上手くいかなければ勝手に裏切られたと思ってしまうのではないかと考えています。
家族像がとても狭く独りよがりのものになっているのはないかと思っています。
2012年10月頃に意思疎通できない期間が解除されたとき、解決でなかったことは分かっていましたが、日々の生活の中で同じ過ちをしてしまうという、私は何をしていたのやら。

今回のきっかけは、また何か私に母にとって気に入らない何かがあったのは間違いありません。
頑なに話しません。
時を経てその時の事実を母の自分の都合のいいものに変えて、さらにパワーアップさせて頑固になるのかと、恐れている自分がまた嫌です。

理想の家族。
家族はこうでなければならない。
父はこうでなければならない。
母はこうでなければならない。
息子は。
娘は。
私も持っている、そんな呪縛は大いにして自分自身を傷つけていると思います。
「こうでなければならないこと」というのはそんなに多くあるのでしょうか。

兄のことで「兄は病んだから責任がある」というようなことを言うのですが、病んだから責任があるのか。
親になったことがない私には分からないことですが、同じ兄弟として「もし兄と同じ時に生まれて(兄の方が家の中がさらにしんどい状況だったと母は思っている)、私は病まなかったら母さんに責任はないのか」と質問したことがあり、それに対して母は「病まなかったから、いい」という風に答えたと記憶しています。
果たして。
そして真意は。

病んでも病まなくても、兄に対して自信を持ってほしいと思いました。
(自信と言ってしまいましたが、少し違うかもしれません。)
それでなくても世間の中で比較して、子供を貶めることをしてしまうことがあるのです。
子供を貶めないでほしいと思いました。
そうである事実と「だからあんたは」というような言葉で構成される内容は違うのではないでしょうか。
心配することと、否定の言葉で最初からやらせないことの違い。
どうころんでもいいよと受け入れる気持ちは、なんと表すのでしょうか。

こう書いていますが私は母を嫌いになることはできません。
嫌いなところもある、でも好きです。
まだまだ思考の波から抜け出せず波にのまれ埋もれて、その全貌を確かめることができません。
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ぽん

ぽん

32歳を目前にブログ始めました。
京都在住。
のほほんのんびりマイペースでやっていく予定の自己満足ブログです。毎日の小さな初めて大きな初めて求めウロウロ・・・


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